世界各地の占星術の伝統
四千年にわたる天空の観測を、ひとつの図書館に集めました。バビロニアの兆し占いやヘレニズムの出生図から、インドのジョーティシャ、中国の四柱推命、チベットの暦法、そして現代西洋占星術の諸分野まで、それぞれの歴史と数学、宇宙観を52の言語で学べます。
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伝統から探す
それぞれの文化が独自の占星術を築き、独自の黄道十二宮、数学、宇宙観を育んできました。心に響くものから始めてみてください。
バビロニアの兆し占星術
現存する最古の体系的な占星術で、王の運命や収穫を占うために用いられました。全70枚の粘土板からなる兆し占いの集成『エヌマ・アヌ・エンリル』にはおよそ七千の天の徴が収められており、それぞれは定められた運命ではなく神々からの警告として読まれました。
エジプトのデカン
夜を時間に、一年を十日ごとの週に分けた36の星群。シリウスの太陽面回帰(ヒライアカル・ライジング)が一年とナイル川の氾濫の始まりを告げ、デカンは後にヘレニズム期の占星術魔術にも取り入れられました。
ヘレニズム占星術
ホロスコープ誕生の時代。生まれた瞬間に東の地平線から昇る正確な度数、アセンダントを定め、天を十二のハウスに分けることで、占星術は国家の予兆から個人の肖像を描く技法へと変わりました。
イスラーム・アラビア占星術
占星術黄金時代。知恵の館ではアブー・マアシャルらの学者がアリストテレスの自然学を根拠にこの学問を擁護し、木星と土星の「大会合」やアラビック・パーツ(今も西洋占星術で使われる感受点)を洗練させました。
ジョーティシャ(インド占星術)
「光の科学」と呼ばれ、途切れることなく受け継がれてきた高度に数学的な伝統です。実際の星々に基づく恒星黄道、惑星周期(ダシャー)、16種の分割図(ヴァルガ)、アシュタカヴァルガの計算法を用います。
中国占星術
星座ではなく周期、陰陽、五行に基づく体系です。四柱推命(八字)は自分自身を表す日主を中心に八つの文字を読み解き、紫微斗数は百以上の象徴的な星を人生の十二の宮に配置して読みます。
サジュ・トゥオイ・九星気学
中国の体系がそれぞれの文化に合わせて作り変えられました。韓国のサジュは四柱を祖先・両親・配偶者として読み、ベトナムでは卯(うさぎ)が猫に置き換えられ、日本の九星気学は旅行や引っ越しの吉方位を選ぶために使われます。
チベット占星術
インドの計算法、中国の五行、土着のボン教の思想が仏教の枠組みの中で融合しています。白計算と黒計算の二体系、五つの生命力、そして「時輪(カーラチャクラ)」が占星術を伝統医学と固く結びつけています。
メソアメリカの暦
260日周期の神聖暦、ツォルキン(トナルポワリ)は、13の数字と土地の世界観から生まれた20の日の記号を組み合わせたもので、太陽暦と噛み合わさって52年周期の「暦の環」を形づくります。
アフリカの宇宙観
ヨルバのイファ占いは、ヤシの実で占う256のオドゥを通して運命を読み解き、それぞれに膨大な暗誦詩が伝わっています。一方マリのドゴン族は、シリウスとその目に見えない伴星を中心とする驚くべき星の伝承を守り続けています。
現代西洋占星術の諸分野
占星術は専門分野へと枝分かれしました。リリーのホラリー占星術と選択占星術、ヴィッテとエバーティンによる中間点(ミッドポイント)理論、ルイスのアストロカートグラフィー、そしてユング、ルーダー、グリーンが形づくった心理占星術・進化占星術などです。
分野から探す
占星術師は問いの種類によって手法を変えます。本当に知りたいことに合った分野を見つけましょう。
出生図(ネイタル)
自分自身生まれた瞬間の空を写した図で、性格や可能性、人生の物語を読み解きます。個人のホロスコープはヘレニズム期にアセンダントが導入されて以来、占星術の中心であり続け、どの伝統にも独自の出生図があります。
ホラリー占星術
ひとつの問い特定の問いが発せられた瞬間の空を図に起こし、厳密な規則に従って具体的な答えを導き出す手法です。1647年にウィリアム・リリーが体系化し、紛失物や訴訟、結婚、病気などを占うために使われました。
選択占星術
最適な瞬間ホラリーの逆で、結婚式から新規事業の開始まで、何かを始めるのに最も縁起の良い時を選ぶ技法です。インドのムフールタからルネサンス期の暦書まで、あらゆる文化で用いられてきました。
マンデン占星術
国家と世界国家や天候、政治、歴史を占う、占星術のなかでも最も古くからの関心事です。バビロニアの国家的な兆し占いから、帝国の転換点として読まれた木星と土星の大会合まで続いています。
予測・タイミング占星術
次に何が起こるか「いつ」という問いに答えるための体系で、インドのヴィムショッタリ・ダシャーや一年ごとのヴァルシャパーラ(太陽回帰)から、西洋のソーラーリターンやトランジット、アシュタカヴァルガによる強弱判断まで含みます。
相性占星術(シナストリー)
相性二人の出生図を重ね合わせ、絆のかたちを読み解きます。西洋のシナストリー、インドのクータ・マッチング、中国の四柱推命や韓国のサジュにおける五行のバランスなど、それぞれの流儀で相性を占います。
医療占星術
身体とタイミング身体を天と対応させる占星術で、ギリシャの四体液説から、惑星の中間点と危機の時期を結びつけたエバーティンの宇宙生物学まで幅広く含みます。チベットでは占星術師と医師が一体となって働きます。
土地占星術・アストロカートグラフィー
どこで出生図を世界地図に投影する手法です。ジム・ルイスのアストロカートグラフィーは、惑星がアングルに重なる地点を線として描き出し、その土地に移り住むことで出生図の別の側面が「活性化」するとされます。
心理占星術
こころ出生図を運命づけられた出来事の一覧としてではなく、内面の地図として読み解きます。ユングの元型論やシンクロニシティに影響を受け、デイン・ルーダーとリズ・グリーンによって自己理解のための手法として発展しました。
進化占星術・カルマ占星術
魂冥王星と月のノードを軸に、生まれ変わりを重ねる魂の旅路として出生図を読み解きます。ジェフリー・ウルフ・グリーンとスティーヴン・フォレストが切り拓いたこの分野は、カルマの思想と自由意志への強い信念を融合させています。
ひとつの空、多くの体系
人は空を見上げるようになって以来、そこに意味を読み取ってきました。占星術はひとつの教義ではなく、それを築いた文化ごとの数学、神話、精神的な必要から生まれた体系の集まりです。日食を見張るバビロニアの神官も、惑星周期を計算するインドの占星術師も、出生図を世界地図に投影する現代の読み手も、まったく異なる言葉で本質的には同じことをしています。それらをひとつに結びつけているのは、天の巡りと地の暮らしが呼応し合うという、古くからのヘルメス的な直感です。
揺籃の地:バビロニアとエジプト
最古の体系的な占星術は、紀元前2千年紀のバビロニアで育まれました。占いの対象は個人ではなく、王や国家の運命、天候や収穫でした。全70枚の粘土板からなる『エヌマ・アヌ・エンリル』のような兆しの記録には、そうした徴が集められています。惑星は神々の似姿とされていたため、悪い兆しも儀式によってまだ避けられる警告にすぎず、絶対の運命ではありませんでした。一方エジプトでは、夜をデカンと呼ばれる36の星群に分け、その出現が時刻を、そしてシリウスの場合はナイルの氾濫を告げました。プトレマイオス朝の時代に両者が出会うと、デカンは十二宮のなかに組み込まれていきました。
ヘレニズムによる統合
アレクサンドロス大王以降、バビロニアの数学とエジプトの星の知識がアレクサンドリアで結びつき、おおよそ紀元前2世紀から1世紀にかけてホロスコープ占星術が誕生しました。その核心となる発明がアセンダントです。出生の瞬間に東の地平線から昇る正確な度数を定めることで、天を十二のハウスに分けられるようになりました。このひとつの点によって、占星術は王のための予兆から個人の肖像を描く技法へと変わったのです。枠組みを与えたのはギリシャ哲学で、ヒポクラテスの四体液説は、今も使われる火・地・風・水の四大トリプリシティとして十二宮に対応づけられました。
イスラームの黄金時代
ローマが滅びると、この技芸の中心は東へと移りました。アッバース朝のバグダードでは「知恵の館」がギリシャ・ペルシャ・インドの文献をアラビア語に翻訳し、アブー・マアシャルのような学者たちは、惑星が神の法を破るのではなく自然の作用によって働くのだと論じ、アリストテレスの自然学に基づいて占星術を擁護しました。この時代は西洋の実践に二つの遺産を残しました。ひとつは木星と土星が20年ごとに出会う「大会合」を歴史の転換点として読む理論、もうひとつは太陽・月・アセンダントから算出される「フォーチュンのロット」のような感受点、いわゆるアラビック・パーツです。この知識体系はスペインとシチリアを経て、そのままヨーロッパへと逆輸入されました。
ジョーティシャ:光の科学
インドの占星術ジョーティシャは、今も途切れることなく続く最古の伝統のひとつであり、西洋とは根本的な点で異なります。季節ではなく実際に見える星座に基づく恒星黄道を用い、春分点がゆっくりとずれていく歳差運動を「アヤナムシャ」と呼ばれる補正値(現在ではおよそ24度)で調整します。そのため西洋占星術で牡羊座の始めに置かれる惑星が、ヴェーダの出生図では魚座の終わりに位置することになります。ジョーティシャは驚くほど精緻で、ヴィムショッタリ・ダシャーのような惑星周期で出来事の時期を読み、最大16種の分割図(ヴァルガ)で出生図を細かく分析し、アシュタカヴァルガという計算法で惑星の強さを数値化します。パラーシャリ派とジャイミニ派という二つの学派が、同じ空を異なる規則で読み解いています。
中華文化圏:柱と星
東アジアの体系は星座による黄道を用いず、周期的な暦、陰陽のバランス、木・火・土・金・水の五行を土台とします。「四柱推命」こと八字は、生年月日と時刻を八つの文字に置き換え、自分自身を表す「日主」を中心に読み解きます。一方の紫微斗数は、百以上の象徴的な星を人生の十二の宮に配置します。この伝統が広がるにつれ、各地で独自に作り変えられました。韓国のサジュは同じ仕組みを保ちながら、四柱を祖先・両親・配偶者・子どもとして読み替え、ベトナムでは卯(うさぎ)が猫に置き換えられ、1920年代に体系化された日本の九星気学は、旅行や引っ越しの吉方位を選ぶために使われています。
ヒマラヤの融合点
チベット占星術は、インドの計算法、中国の五行、土着のボン教の思想を仏教の枠組みの中で融合させています。それぞれの発祥文化の衣装の色にちなんで名づけられた二つの体系があり、インド由来で二十七宿を用いる「白い計算(カルツィ)」と、中国由来で五行・十二支・魔方陣のメワ・八卦のパルカを用いる「黒い計算(ナクツィ)」から成ります。さらに五つの生命力を追跡し、医学とも固く結びついていて、占星術師が時期を、医師が治療を担います。そのすべての頂点に立つのが「時輪(カーラチャクラ)」で、天体の周期、身体、瞑想をひとつのものとして扱います。
アメリカ大陸とアフリカの宇宙観
ユーラシア大陸との交流を持たなかった文化は、独自の時間の数学を築きました。マヤとアステカが用いた260日周期の神聖暦、ツォルキン(トナルポワリ)は、星ではなく身の回りの世界から生まれた20の日の記号と13の数字を組み合わせたもので、太陽暦と噛み合わせて52年周期の「暦の環」を形づくりました。ここで重んじられたのは個性よりも、その日その日が背負う務めと責任でした。西アフリカでは、ヨルバのイファ占いがヤシの実や占いの鎖で導く256のオドゥという二進法の図形を通して運命を読み解き、それぞれに膨大な暗誦詩が伝わっています。そしてマリのドゴン族は、シリウスとその高密度で目に見えない伴星をめぐる、驚くべき星の伝承を守り続けています。
現代西洋占星術の諸分野
ルネサンス以降、西洋占星術は専門分野へと枝分かれしていきました。ウィリアム・リリーは1647年の『クリスチャン・アストロロジー』で、問いが発せられた瞬間の図から答えを導くホラリー占星術と、その姉妹分野である、行動を起こすのに良い瞬間を選ぶ選択占星術を体系化しました。20世紀に入ると、アルフレート・ヴィッテのハンブルク学派とラインホルト・エバーティンのコスモバイオロジーが中間点(ミッドポイント)とハードアングルを軸にこの技芸を再構築し、ジム・ルイスのアストロカートグラフィーは惑星を地球儀に投影することで、より強い出生図を得られる移住先を示しました。そしてユングの影響のもと、デイン・ルーダーとリズ・グリーンはホロスコープをこころの地図へと変えました。進化占星術はさらに踏み込み、自由意志を強く信じながらも、出生図を生まれ変わりを重ねる魂のカルマとして読み解きます。
創作についての注記
「古代からの伝統」を名乗るものすべてが、実際に古いわけではありません。誕生日を十三の月からなる暦の樹木と結びつける「ケルト樹木占星術」は、実はドルイドの実践には根を持たず、1946年に詩人ロバート・グレーヴスが創作し、誤ってオガム文字と結びつけたものです。それはそれとして楽しむ価値がありますが、本物の天文学的・数学的な歴史を持つ、この図書館に集めた古い体系とは一線を画します。
この図書館の使い方
伝統から探せば、ひとつの文化の体系をその起源からたどることができ、分野から探せば、出生図を読む、決断の時期を選ぶ、相性を占う、一年を予測するといった同じ課題に、異なる流派がどう向き合うかを比較できます。それぞれの伝統とその手法、用語は、タロットアカデミーのエコシステムが持つ52の言語すべてで読むことができるので、あなたが考える言葉で空を学べます。
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